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長野地方裁判所 昭和40年(行ウ)14号 判決

原告 日本共産党中信地区委員会

被告 松本税務署長

訴訟代理人 青木康 外八名

主文

一、原告の本件各入場税決定ならびに無申告加算税賦課決定の各取消を求める訴をいずれも却下する。

二、原告の本件督促処分の取消請求を棄却する。

三、原告の前各項記載の各処分の無効確認請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一、原告

(第一次的請求)

(一)、被告が原告に対し、別表(一)記載のとおり、昭和三八年一二月一七日付でなした各入場税決定および無申告加算税賦課決定ならびに別表(二)記載のとおり、昭和三九年一月二二日付でなした督促処分を、いずれも取消す。

(二)、訴訟費用は被告の負担とする。

(第二次的請求)

(一)、被告が原告に対しなした別表(一)および(二)掲記の各処分がいずれも無効であることを確認する。

(二)、訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(本案前および本案の申立)

主文同旨

第二主張

(原告の請求原因)

一、原告の組織

原告は、日本共産党の下級組織である日本共産党中信地区党組織そのもので(従つて、原告の表示は正確には日本共産党中信地区党右代表者武藤明とすべきものである。)、当該地区内の党員を構成員とする、それ自体一個の完結した人的結合体である。

右地区党の最高の意思決定機関としては地区党会議があり、そこにおいて当該地区に固有の党の方針と政策が決定され、また、地区委員会の委員が選出される。右地区委員会は、地区党の執行機関として、地区党会議の決定を執行し、当該地区における党としての政党活動を指導推進する。なお、地区党の代表者には、地区委員会の委員長が当てられている。

二、被告の処分と不服申立

1 原告の組織は右のようなものであるところ、被告は昭和三八年一二月一七日、原告の執行機関である中信地区委員会に対し、別表(一)記載の入場税決定ならびに無申告加算税賦課決定(以下両決定を本件課税処分という。)をなし、さらに昭和三九年一月二二日別表(二)記載の督促処分(以下本件督促処分という)をなした(以下右両処分を本件各処分という。)。

2 そこで、原告は本件課税処分に対し、昭和三九年一月一七日被告に異議の申立をなしたところ、被告は同年四月六日これを棄却し、その旨の通知書が同月七日原告に到達した。原告はさらに右棄却決定に対し、同年五月二三日関東信越国税局長に審査請求をなしたところ、右国税局長は昭和四〇年三月九日右審査請求を法定期間を経過してなされた不適法なものであるとして却下し、その旨の通知書が同年四月五日原告に到達した。

3 また、原告は本件督促処分に対し、昭和三九年二月四日被告に異議の申立をなしたところ、被告は同年四月二三日これを棄却した。これに対し、原告はさらに同年五月二三日関東信越国税局長に審査請求をなしたが、右国税局長は昭和四〇年三月九日これを棄却し、その旨の通知書が同年四月五日原告に到達した。

三、本件各処分の瑕疵

1 しかしながら、本件各処分には次の瑕疵がある。すなわち、本件各処分は、(一)前記のとおり、原告の執行機関である中信地区委員会に対してなされたものであり、(二)仮に地区委員会の名義を用いて原告に対しなされたものであるとしても、名宛人の表示を誤つている点において違法であるのみならず、(三)原告が興行を開催した事実がないのにも拘わらずなされたものである。

2 また、本件各処分についての前記の瑕疵は、明白かつ重大なものであるから、本件各処分は当然無効なものというべきである。

四、よつて、原告は本件各処分の取消を求め、なお、予備的に、本件各処分の無効確認を求める。

(被告の主張)

一、訴却下申立の理由

原告は、本件課税処分につき、昭和三九年四月七日異議申立を棄却する旨の決定の通知を受けながら、国税通則法七九条三項所定の期間経過後である同年五月二三日に審査請求をなしたものであるから、本件課税処分の取消を求める訴は、適法な審査請求を経ていない。

二、請求原因事実の認否

1 請求原因一の事実および同二の事実中本件各処分が原告の執行機関に対してなされたとの点を除き、その余の事実は認める。同三の事実は争う。

2 本件各処分は、原告すなわち日本共産党中信地区党そのものに対してなされたものである。被告が原告を表示する名称として日本共産党中信地区委員会なる名義を用いたのは、右名義が単に執行機関を表示する名称として用いられているばかりでなく、原告自身をも表示する名称として用いられているからである。このことは、例えば、政治資金規正法に基づく届出その他の手続において、何々地区委員会の名称をもつて政党(支部、地区組織)の表示としている一事によつても明らかである。

なお、課税処分が違法であるからといつて、当然にその違法が滞納処分手続である督促処分に承継されることはないから、原告主張の督促処分の取消原因のうち、課税処分の違法を理由とするものは、主張自体失当なものというべきである。

三、本件課税に至るまでの経緯

1 本件課税処分の対象となつている映画「日本の夜明け」は、日本共産党が同党の下級組織(都道府県組織、地区組織等)等において、大衆を寄せ集めるのに供するため、同党創立四〇周年記念映画として製作したもので、明治、大正、昭和の過去約七〇年間にわたる共産党およびその党員の活動記録等の実写フイルムを綴り合わせたいわゆるドキユメンタリー映画であり、入場税法一条一号に規定する「映画」に該当するものである。

右映画「日本の夜映け」は、主として昭和三八年三月頃から同年末頃まで、日本共産党の下級組織等の主催のもとに、全国各地で上映されたものであるが、その主催者は、入場料金を支払つて入手した入場券を持参する多数人を上映会場に入場させ、当該映画を見せたのであり、従つて、当該上映会場は入場税法一条一号に掲げる場所に、また当該映画の上映は同法二条一項に規定する催物に該当する。

2 ところで、右映画の上映について外部に主催者として名乗つているものは、「日本の夜明け上映実行委員会」または「日本の夜明けを観る会」等(以下上映実行委員会という。)であるが、これらは、規約や独立の組織性、社団性がなく、その実体は日本共産党の下級組織等にほかならない。右名称は、下級組織等が大衆を客寄せする効果を考え、自己の名称を表面に出すことを殊更に避け、そのために便宜的、一時的に用いたものにすぎない。

なお、右の映画「日本の夜明け」の上映は、前記のとおり、日本共産党の下級組織等ごとに上映を準備し、その入場者から入場料金を領収し上映を実施したのであるが、日本共産党中央執行委員会は、右上映により獲得する入場料金により資金カンパを図ることとし、「日本の夜明け特別鑑賞券」と表示する赤、黒二色刷りの入場券用紙を一括して多数印刷し、下級組織等に交付して使用させ、また、動員数(入場者数)を報告させて上納金を徴することとし、しかして上映および入場税の納付拒否についても指導をしているものである。

3 原告の主催した本件催物の開催日、開催場所、入場人員、入場料金等は、別表(三)記載のとおりであるが、原告は、入場税の納付を拒否し、納税申告書を提出しなかつたので、被告は原告に対し、国税通則法二五条に則り、別表(一)記載の課税処分をなしたのである。

4 また、原告は、右課税処分に対し、同法所定の納期限までに完納しなかつたので、被告は、原告に対し、書面により別表(二)記載の督促処分をなしたのである。

5 従つて、被告の本件課税処分ならびに督促処分には、何ら違法な点はない。

(被告の主張に対する原告の反論)

一、訴却下申立の理由に対する反論

原告が、本件課税処分につき所定の期間内に審査請求をなし得なかつたのは、次のような事情に基づくのである。すなわち、本件課税処分に対する異議の申立が棄却された当時、原告は、事務所を松本市上土町七番地所在の借家の二階に置いていたのであるが、右建物の階下に配達された郵便物については、これを直ちに了知し得ないことがしばしばであつた。このような事情から、原告が右棄却決定を了知したのは昭和三九年四月二五日であつたが、本件課税処分はそもそも地区委員会とその委員長である武藤明個人とのいずれに対してなされたものであるのか明らかでなかつたことと、事務担当者が交付したという事情もあつて、これに対する対策をたてるために決定を了知してから約一カ月の期間は絶対に必要であつた。また、右事情に加えて、原告は国税通則法七九条三項の規定を知らず、異議棄却決定を了知した日の翌日から起算して一月以内に審査請求をすればよいものと考えていた。

かかる事情の存する場合は、国税通則法八七条一項但書四号にいう審査請求についての「裁決を経ないことにつき正当な理由がある」場合に当るから、本件課税処分取消の訴は適法なものである。

二、被告の主張事実に対する原告の認否

被告の主張三記載の事実中、映画「日本の夜明け」が実写フイルムを綴り合わせたいわゆるドキユメンタリー形式の映画であること、原告が入場税の納付を拒否し、納税申告書を被告に提出しなかつたこと、そのため被告が原告に対し本件課税処分をなしたことおよび原告が右課税処分に対し、被告主張の納期限までに完納しなかつたので、被告が原告に対し本件督促処分をなしたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。

三、右映画は、過去七〇年間にわたり、日本人民が絶対主義的天皇制の支配の下で、相次ぐ侵略戦争と無権利状態にいかに苦しめられてきたか、あるいは第二次世界大戦後、アメリカ帝国主義の占領支配と日本独占資本の反動政策の下で、搾取と収奪にいかに悩まされて来たか、にも拘わらず、生活と権利を擁護し、自らを解放するためにいかに闘つてきたかを、労働者、農民を始めとする日本人民の立場から画いたものにほかならない。すなわち、本映画こそは、支配階級のあらゆる欺瞞と粉飾を排除し、ありのままの日本人民の姿を、日本人民の立場から画いた日本人民自身の映画というべきであつて、これをもつて日本共産党とその党員の活動記録なりとする被告の主張は、最も基本的な点で事実にもとるばかりでなく、本来不当違法な本件課税処分の極めて政治的な意図を明らかにしたものといわなければならない。

本映画の上映は、その内容自体がしからしめるところ当然それぞれの地域の労働者、農民、市民等の共感を呼びおこし、これらの人々が自主的に、上映実行委員会の形式をもつて、上映の機会を設営するに至つたものであつて、本映画の上映を目的に自主的に結成せられた上映実行委員会に被告の期待するが如き組織性ないし社団性が認められないからといつて、その実体を日本共産党の下級組織にほかならぬと断ずることは、正に驚くべき論理の飛躍である。

被告は、日本共産党中央執行委員会が、本映画の上映により獲得する入場料金により資金カンパを図ることとし、同党の下級組織等による有償上映の便宜をはからい、また上映に関し右下級組織等を指導しているなどと述べているが、これは明らかに事実をゆがめるものであり、本映画の上映が右中央執行委員会によつて、その下級組織を通じて行つたと主張するにひとしいものである。日本共産党あるいはその下級組織等は、その政治的方針として本映画が広く日本人民各層によつて観賞せられることの意義を重視し、それが日本人民の自主的上映活動によつて普及せられるべく努めたのであるが、被告はそのことと実際の上映行為とを全く混同し、本件課税処分をなしたのであり、これは具体的上映活動に何ら関与しない原告を主催者と認定することにより、日本共産党の本映画に関する政治方針そのものを規制するものにほかならないというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告の組織と本件各処分の存在

原告が、日本共産党の下級組織である日本共産党中信地区党組織そのものであつて、当地区内の党員を構成員とするそれ自体完結した一個の人的結合体であり、右地区党の執行機関としては、党組織の最高の意思決定機関である地区党会議が選出する委員から成る地区委員会があつて、右地区委員会の委員長が地区党の代表者に当てられていること、および被告が、原告主張の日に、日本共産党中信地区委員会を名宛人として本件各処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

二  本件各処分の相手方について

成立に争いのない乙第二号証、第三号証第九号証の一、第五九号証、証人宇留賀行雄の証言ならびに本件記録によれば、日本共産党中信地区委員会なる用語は、単に日本共産党中信地区党組織の執行機関の呼称であるにとどまらず、原告たる中信地区党組織そのものを対外的に表示するために使用される場合があり、日本共産党中央機関紙アカハタも党組織の意味において地区委員会の語を用いていること、現に、原告も関東信越国税局長に対する本件各処分についての審査請求書および本件訴状に、請求人もしくは原告の表示として日本共産党中信地区委員会と記載しており、かつ右各書面においては自らが党組織の単なる執行機関にすぎないことを理由として処分の効力を争つてはいないこと(本訴において原告が右主張をしたのは、昭和四三年二月一三日受付の原告準備書面においてである。)、長野県選挙管理委員会発行の政治団体に関する資料中、政党、協会その他の団体名欄には日本共産党中信地区委員会なる記載があることが認められるから、右用語は原告の表示としてかなり慣用されているものというべく、反面、課税処分が団体の単なる執行機関に対してなされることは通常ありえないことから考えれば、本件各処分は原告に対してなされたものと認めるのが相当である。

三  映画「日本の夜明け」上映の主催者について

被告が、映画「日本の夜明け」上映の主催者は原告であると主張するのに対し、原告は、これを否認し、各地域の労働者、農民、市民等が自主的に上映実行委員会を結成して上映したものであると抗争するが、当裁判所は、次に述べる理由から、本件映画の上映の主催者は、原告であると認める。

1  映画「日本の夜明け」の内容

成立に争いのない甲第一号証(乙第三三号証と同じ)ないし第三号証(乙第三四号証と同じ)、弁論の全趣旨から成立の真正を認めうる乙第一二号証の一ないし四、第二一号証および検証の結果によれば、「日本の夜明け」は、日本共産党が昭和三七年七月に迎えた同党創立四〇周年記念事業の一として製作した(ただし、ポスターやパンフレツトにおける製作者の表示は、初めは同党中央委員会宣伝教育文化部とされていたが、後には「日本の夜明け」製作実行委員会と改められた。)もので、主として明治、大正、昭和にわたる七〇年間における同党およびその党員の活動を実写したフイルムおよび新聞、雑誌等の諸資料を撮影したフイルムを綴り合わせて作つたいわゆるドキユメンタリー映画である(同映画が実写フイルムを綴り合わせたいわゆるドキユメンタリー形式のものであることは、当事者間に争いがない)。

2  党組織(都道府県委員会ないしは地区委員会)に対する指令とその活動

前掲各書証、成立に争いのない甲第一〇号証、乙第四号証ないし第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一三号証の一、第一四号証、第一五号証および第一六号証の各一、第二〇号証、第二五号証、第三二号証ないし第四八号証(うち第三七号証および第四七号証については各一、二)、第六三号証および第六四号証の各一ないし三、弁論の全趣旨から成立の真正を認めうる乙第二二号証ないし第二四号証、第二六号証ないし第三一号証、第四九号証ないし第五八号証を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  前記機関紙アカハタは、昭和三八年三月初めから同年一〇月中旬にかけての紙上において、本映画の上映が一般大衆を日本共産党に接近せしめ、党員や協力者には同党と革命に対する大きな確信と行動の決意を与えることになり、大衆闘争発展、党勢拡大、思想教育前進、特に当時予定されていた統一地方選挙および衆議院議員総選挙のための最もよい大切な準備活動になるとして、全国的な規模において一〇〇万人の観客動員運動(あわせて、アカハタ日曜版の読者一〇〇万人獲得運動)を提唱し、党下級組織および党員に対し、党を挙げての運動として、綿密な計画のもとにあらゆる創意と工夫を結集して上映活動を推進するように呼びかけ、あわせて、上映運動を成功させるに大きな意義のある方策として、労働組合などを始めとする大衆団体を集めた上映運動大衆共闘態勢をつくることを示唆するとともに、各地の党組織(党都道府県委員会、党地区委員会)が積極的に上映活動を展開している状況を報じている。

また、各地の党組織は、党中央委員会から観客動員目標を指令され、かつ党中央に動員数を報告することになつていることがうかがわれ、なお各府県委員会に送られる党報にも、しばしば本映画の上映普及についての指令が載せられているが、中には、同時上映作品として長編劇映画よりも中、短短篇の記録映画を使用することが効果があると指示するものもある。

(二)  本映画は、同年三月二一日東京中野公会堂における特別有料試写会を皮切りにして、全国各地で特別試写会および上映がなされたのであるが、右中野公会堂における試写会は、党中央委員会および東京都委員会の共催でなされ、また三月二八日には愛知県委員会の主催で名古屋市公会堂において特別試写会がひらかれた。そのほか、長野県の南信地区委員会、岐阜県の西濃地区委員会、九州の各党組織、京都府舞鶴市の党組織等が同年六月から八月にかけて主催者として上映し、また、千葉県および各地区委員会、八幡・戸畑地区委員会等は党内に上映実行(ないし対策)委員会を作つて上映活動を行なつた。

(三)  上映会場については、各地の党組織が使用申込みをしている。たとえば、練馬区公民館(使用日同年六月一八日)については練馬区委員会が、墨田区民会館(六月二八日)については墨田地区委員会が、九段会館ホール(七月八日、九日)および文京公会堂(八月三日)については東京都委員会が、赤穂公民館(八月三〇日)については伊南群委員会がそれぞれ使用申請書を提出し、本件の塩尻市民会館使用(九月七日)についても、原告の下級組織である塩尻支部が申請人となつている(これに反し、上映実行委員会名義で使用申請がなされたことを認める証拠はない)。

(四)  上映に際して各地で使用されたポスター、パンフレツト、観賞券は、上映日時、場所、同時上映映画名を除いていずれも同一体裁であり、観賞券の額は一五〇円もしくは一〇〇円に統一されている。また、観賞券の表面には、「この観賞券購入の都道府県内のすべての上映会場で有効です」と記載されており、中には、上映日時場所の記載がなく「日本共産党板橋区委員会」の印が押してあるだけのものもある。

(五)  南信地区委員会名義で同年五月二五日付で発せられた「地方選挙躍進記念、映画「日本の夜明け」完成記念祝賀夕食会の御招待状」には、「わが党はまた、このたび党創立四十周年を記念して………「日本の夜明け」を完成し、七月上旬から南信の各地で上映する計画であります」と記載され、また、「日本の夜明け」塩尻地区上映実行委員会高砂政郎、塚本多喜、伊東正也の名義で同年八月二〇日付で発せられた特別試写会および懇親会の招待状にも「この度、共産党では………「日本の夜明け」を来る九月七日塩尻市民会館に於て上映することになりました」と記載されている。

(六)  右塩尻市民会館における上映に対し、松本税務署長が入場税の申告を促す書類を右伊東正也に送付したところ、伊東は、右上映直後「「日本の夜明け」の責任者は日本共産党中信地区委員会大蔵秀茂氏住所松本市上土町七になつています。よつて連絡はそちらの方へ出して下さい」と付記して、書類を同署長宛返送した。

(七)  中信地区上映実行委員会委員長といわれる村上康也は、日本共産党長野県委員でかつ中信地区委員会の常任委員であり、その事務局長といわれる大蔵秀茂は同じく中信地区委員会の委員でかつ県委員の候補者であり、松本地区上映実行委員会の代表者といわれる宇留賀行雄は同じく県委員であり、塩尻地区上映実行委員会委員長といわれる高砂政郎は党塩尻市委員会の委員であり、その事務局長といわれる伊東正也は同市委員会の委員長である(この項は、証人村上康也、同大蔵秀茂、同宇留賀行雄、同伊東正也の各証言によつて認定する)。

3  上映実行委員会と称するものの実態

(一)  前掲乙第一四号証、第二二号証によれば、中信地区「日本の夜明け」上映実行委員会、「日本の夜明け」塩尻地区上映実行委員会の名称がパンフレツトや招待状に記載され、証人宇留賀行雄は、党地区委員会では地域で必ず上映実行委員会を作るように指示し、松本市にも上映実行委員会が設けられていたと証言する。しかし、右証言によれば、中信地区および松本市の各上映実行委員会についてはいずれも規約が定められているわけではなく、また議決機関や執行機関もないことが認められ、さらに、各地区(特に別表(三)開催場所欄記載の各町村)の上映実行委員会が具体的に成立した時期、手続、構成員が全く明らかでない。すなわち、中信地区上映実行委員会委員長と称する証人村上康也は、上映実行委員会ができたのは同年四、五月頃と証言するが、実行委員についての明確な記憶がないし、同委員会の事務局長と称する証人大蔵秀茂も、同年七月に党中信地区委員会に転勤したので、地区内の文化人や団体が寄り集つて上映実行委員会が作られたと聞いているが、どういう人達がどういう形で設立したかは詳しく聞いていないし記憶がないと証言する。松本市上映実行委員会の代表と称する証人宇留賀行雄は、準備会を作りながらその間に特別試写会を行ない、試写会を観て後実行委員会に参加する人もかなりあり、最終的には六〇団体位が右委員会に加わつたと証言するが、そうとすれば、実行委員会が成立した時期がいつになるか、およびその時期と上映との関係が問題になるが、明らかではない。さらに、塩尻地区上映実行委員会の事務局長と称する証人伊東正也は、前掲八月二〇日付招待状(これには前記のように、すでに上映実行委員会の記載がある。)を発した当時はまだ準備会の段階であり、実際に上映実行委員会が結成されたのは、八月二三日の特別試写会と懇親会が終つた後であると証言するが、その構成員については、労働組合や民主団体であるというだけで具体的ではない。

(二)  また、上映実行委員会ないし実行委員と称するものが、具体的にいかなる企画、実行をしたか、すなわち、上映日時、場所の決定、会場の借受、上映映画の選定、調達、パンフレツトや観賞券の価格決定や調製等について、実行委員会において具体的に討議決定されかつ実行されたことを認めさせる証拠がない。かえつて、前掲乙第一四号証、第二〇号証、第二二号証、第六四号証の一によれば、たとえば、塩尻地区において前掲の八月二〇日付招待状が発せられるよりも前の同月七日付をもつてすでに塩尻市長に対し九月七日上映のための塩尻市民会館使用許可申請がなされていること、上映に際しての広告ビラには、招待状に表示された塩尻地区上映実行委員会あるいは松本地区上映実行委員会の表示はなく、中信地区上映実行委員会村上康也の挨拶文が登載されていることが認められる。

(三)  さらに、前記の各地区の上映実行委員会の代表者、事務局長と称する者の尋問に徴しても、それらの者が、同委員会の活動や収支の状況について詳細を聞知していないことがうかがわれる。特に、松本市上映実行委員会代表宇留賀行雄は、その事務局長が大蔵秀茂であると誤つた証言すらしており、また塩尻地区上映実行委員会事務局長と称する伊東正也も、前記のとおり税務署長に対して上映責任者は自分ではないと述べる有様である。さらに、中信地区上映実行委員会事務局長大蔵秀茂は、同人が当時中信地区党組織の総務部長ないしは選挙対策部長といつた地位にあり、上映も選挙対策の一環として実行したが、選挙に重点をおいたため、上映実行委員会の仕事は多少手を抜いたと証言している。

4  以上の諸点を総合して判断するに、本件映画の上映は、党勢拡大、選挙対策等の手段として党中央委員会の指令にもとづき各地の党組織、特に地区委員会の責任において企画、実行されたものというべく、実施の具体的方法として上映実行委員会の名称を用いたとしてもそれは上映を主催するという意味での主体性を有していたものとは到底みることはできず、せいぜい観客を動員するための形式的な名称にすぎないというべきである。

このことは、本件の中信地区委員会の場合においても全く同様であり、また右地区委員会と松本市、塩尻市あるいは別表(三)記載の各町村における下級党組織との間の関係についても、後者は前者の企画、指導のもとに上映実施にあたつたものとみるべく、その主催責任者は中信地区委員会に帰すべきである。

四  映画「日本の夜明け」の上映興行について

証人大蔵秀茂の証言および弁論の全趣旨によれば、原告は、別表(三)の開催日欄記載の日に、開催場所欄記載の場所において、入場人員欄記載の人員に対し、一人一回入場料金欄記載の入場料金を領収して、「日本の夜明け」その他の映画を上映したことが認められる。

五  本件各請求の適否および当否について

1  原告が本件課税処分につき昭和三九年四月七日異議申立を棄却する旨の決定の通知を受けながら、国税通則法七九条三項所定の期間内に審査請求をしなかつたことは当事者間に争いがなく、右について原告の弁解するところは、主張自体において同法八七条一項但書四号にいう正当な理由にあたるとは認めがたいから、本件課税処分の取消を求める訴は不適法として却下すべきである。

2  本件課税処分については、主催者に関する点を除き、その他明白かつ重大な瑕疵があることについて原告は主張立証しないから、その無効確認を求める請求は理由なしとして棄却する。

3  本件督促処分については、原告は本件課税処分に対する取消請求もしくは、無効確認請求が認容されることを前提として取消もしくは無効確認を求めるのであるが、その前提を欠くこと叙上判示のとおりであり、他に本件督促処分を取消すべき理由は認められず、かつ原告は右処分自体についての無効確認を求める理由を主張立証しないから、右各請求はいずれも失当として棄却を免れない。

六  よつて、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 落合威 松山恒昭)

(別表(一)~(三)省略)

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